東北なまりのおっさん

9月13日、Rex Orange Countyが新曲を出してくれた。16万円くらいを現金でもらったのと同じくらい私を幸せな気持ちにさせてくれる。マジありがとう。一ヶ月は頑張れる。

新曲を初めて聴いた時点で好きや!となるアーティストは少ない。スルメのように何回か聞いてるうちにやっべぇ…好きだわ…となるアーティストの方が圧倒的に多い。

初めて聴いて胸がキュンとなるのはRexとスピッツシャムキャッツサンボマスターしかいない。

 

 

サンボマスターのライブを初めて見たのは2010年、わたしはまだ二十歳で、japan jamというフェスに居た。

今出演者を見返してみると、ゴダイゴ奥田民生にZAZENBOYSに曽我部恵一BANDcharaという、渋めなラインナップだがなにを目的に行ったのか覚えていない。たぶんcharaが見たかったんだと思うし、見た記憶も薄っすら残っているが、なにせよサンボマスターが良すぎて二十歳のわたしは胃腸炎になった。

 

 

静岡の富士スピードウェイという山の上で開催されたそのフェスは、5月なのに異常なまでに寒かった。

半袖とぺらっぺらなパーカーしか持って行っていなかった二十歳のわたしは寒くてなにもみる気にならず、ひたすら温かい食べ物を食べて友人と座り続けていた。ステージの近くにいないでも音は聞こえるしcharaまでの時間はほぼ惰性でお喋りに興じていた。

するとステージから「おい!お前ら、本物のロックってなにか知ってっか?」と、東北なまりのおっさんの声が聞こえた。あまりにもフェスに不向きなおっさんの声に驚き、私たちは全員ステージの方を振り返った。

 

黄色人種だか黒人だか白人だかしらねぇけどここにいる全員で愛と平和って言えたら嬉しいなって思うわけ、ここにいる全員でテロなんてなくなっちまえって言えたら素晴らしいと思うわけ、俺はそれを歌いたいわけ、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

 

オイ!オイ!オイ!オイ!ドラムの音と同時に心臓がバクバクしてくるのが分かった。立ち上がり、ステージをよく見る。小さくてブサイクなおっさんがギターを弾きながらこちらを見ていた。

 

 

「涙の中に微かな明かりがともったら…」

 

うまい…

 

「それでも僕等の声が乾いていくなら朝が来るまでせめて誰かと歌いたいんだ」

 

優しい…

 

 

 

 

同じことを感じているだろう人々が完全に魂をひっぱられ、どんどん前のめりになっていた。Smooth Criminalのマイケルジャクソンだった。

会場に居たおばさんもおじさんもギャルも二十歳のわたしも一瞬で心を奪われていた。「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」はテレビで聴いたことがあったが、歌詞は知らなかった。しかし東北なまりのおっさんが全力で歌う姿を見た瞬間に歌詞が字幕になって脳内に再生された。「愛と平和、愛と平和、愛と平和」「悲しみで花が咲くものか」気付いた時には身体は猛烈に熱くなっており、10mくらいジャンプしながら前に進んでいた。一緒に来たおとなしい友人でさえ、悲鳴に近い声を出していた。その会場にいた全員が同じ方向を見、泣きながら叫んでいた、ラブアンドピース、ラブアンドピース、ラブアンドピース、ラブアンドピース…………

 

一曲で声が枯れたのは後にも先にもこれが初めてで、そのあと歌ってくれた何曲かも発狂しながら聴いた。愛と平和についてなんて考えたことすらなかった二十歳のわたしには思うことが多過ぎて脳はパンク状態だったが、とにかく世界が平和になることを祈った。世界を変えさせておくれよ。

4曲目あたりで、ドラムの激しい音が消え、東北なまりのおっさんがアコギで弾き語りのようなのを始めた。ラブソング…とだけ言い、歌い出す。「いつまでも続いてゆくと僕はずっと思っていたんだよ、あの日君が綺麗すぎるわけを僕はなにも知らなかった。神様って人が君を連れ去って二度と逢えないと僕に言う……」

またも歌詞が脳内に映し出される。すでに涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。初めて聴く歌で、東北なまりのおっさんが歌う歌で、二十歳のわたしは号泣していた。横を見ると、友人ふたりも号泣していた。涙を拭こうともしない、全力で目を開けて、東北なまりのおっさんを必死に睨んでいた。その空間はもはやカオスで、ほぼ全員が泣いており、涙が蒸気となって頭上に雲を作っていた。 

 

「どうもありがとうございました、ロックンロールバンド、サンボマスターでした!」東北なまりのおっさんが言った。直後に、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、聴いたことはないが最高なメロディが流れ始まる。

だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、なんだこれはわたしの血液の流れる音????違う、ギターの音だ!!!!だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、これは心臓の音????違う、ドラムの音だ!!!!!!!だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、「全てを握りしめて、僕はどこへゆく。君はなぜに泣いているの?」だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、

「全てをなくした僕と、全てを許した君さ

いま手に握ってるものは

ぬくもりと言う名の

けもの道!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

わたしは空高く飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンボマスターライブ後、わたしは立っていられないほどの腹痛に襲われ、救護室へ向かった、救護室まであと数歩のところで意識が朦朧としよろよろとベッドに寝転がった。熱が38度超えていた。

フェスの救護室に入るのは初めてだったが、ほぼ記憶がなく、気付いたら救急車で近くの病院に運ばれていた。サンボマスター、愛と平和、ラブアンドピース……脳内はそれだけだった。

 

 

 

少し眠ってしまったようだ、看護師さんに起こされた。「熱がなかなか下がらないので座薬を入れますね」ふぇ?ざ?やく…?「入れたことないですか?」ふぇ?ないでふぅ…ざやくっておしりの…?

「やったことないなら自分でやるのは難しいと思うのでわたしが入れちゃいますね」

 

 

すべてを諦めたわたしは、ぬくもりと言う名のけもの道を進む決心をし、ゆっくりとお尻を差し出した。

 

 

 

 

おわり